木造改修 -リビングをくり抜いて風呂場に改装編-

投稿者: | 2021年5月20日
「お風呂の位置って、動かしたり出来るんですか?」

目次

 良くある質問

「出来るわけ無いですよね?」と言われることを恐れつつも勇気を持って、でも遠慮がちに、そういうご質問を時々いただきます。

 

聞いてみる。考えてみる。試してみるということはとても大事だと思うのですが、質問主は今のところ、なぜか奥様、お母様。つまり女性ばかりです。

 

住宅メーカーや建売業者の常識では、それは確かに出来ないと言われるか、あるいは非常に高額か。でも、きちんと順番にやっていけば、実は必要な手順も決まっており、各々の作業が適正価格ならば途方も無いような金額にはなりません。

 

「お風呂の位置って、動かしたり出来るんですか?」

 

その貴重な観点に対する、回答がこの記事です。

 考えずに諦めてしまう、リビング→風呂場という用途転用

左の写真はリフォーム前に15畳程度のリビング空間だった部分を、壁で区切っているところです。昭和初期の建物で言う、「食堂」という機能の部屋で水道すら来ていませんでした。皆が集まって、ただ食事をしたり話しをするための部屋で、食べ物は少し離れた「台所」からいちいちワゴンで運びます。

 

この頃の住宅にはお手伝いさんなどが常駐していることも珍しくなく、効率と言う言葉とは無縁です。この部屋を勾配床を重量補強した記事で紹介した「書庫」、「台所」「書斎」「脱衣所」「風呂場」という機能に作り替えてゆきます。「水回りは動かせないというもの」というのは、良くある、やりたくない業者の説明手段です。

中央写真ではまだブルーシートの下。床面がしっかりあることが分かります。

 

それを電ノコでざっくり切り取ったのが右の写真です。要するに20畳のリビングの中央西側に、電ノコで浴槽用の穴を空けると言うことが、この工事の始まりだったのです。

 

 

何を言っているのか全く理解できない。

 

そんなこと、やって大丈夫なの?  という方のために次の写真ですが、かなりザックリ、リビングの床をくり抜いているのが伝わると思います。

もうこの時点で、コンクリート構造ならば不可、鉄骨構造でも相当難しい工事になりますが、木造はほぼ電ノコ一つでここまでは出来てしまいます。こういう場合の自由度は、むしろ圧倒的と言って良いでしょう。

 モルタルによる整形

このくらいになると、どういう段差でどの様に風呂に入ろうとしているのかの動線だとか、排水の位置から浴槽の場所なども想像が付くようになると思いますが、風呂場という水回りですから基礎部分はコンクリート系の土木工事になります。この記事の冒頭で、「各々の作業が適正価格なら」という表現をしましたが、こんなに小さな工事車両、ご覧になったことがある方はいらっしゃるでしょうか。これが立派にコンクリートを打ちます。

確かに大は小を兼ねるであり、住宅メーカーや大きな工務店が持っている立派な重機にはかないませんが、この規模ならばこれで十分。32万円で土木工事が出来ました。

 予算のメリハリ

以上、「木造の用途転用はかなり自由度高く出来る」「コストコントロールも出来る」というお話でしたが、ここからは贅沢レポートです。

(1) 十和田石

この風呂場の計画で、最初に採用された材料が十和田石です。水に濡れて輝く緑色に発光する、温泉施設によく使われている石と言えば、多くの方がピンとくるのでは無いでしょうか。なんとも言えない品がありますよね。

 

石を直接ぶつけていくため、木工の造作はかり高い難易度が求められました。細工も非常に複雑ですよね。

(2) 大框(かまち)

親方がうれしそうに 「良いのが入りました!」と、立派なかまちを持ってきました。この材料が持ち込まれた時は、正直、冷や汗が出ました。「…頼んでないけど、こんなのいったいいくらするんだろう…」

 

結局は親方が予算内に収めてくれたのですが、この材料、脱衣と浴室の間の仕切りになるので、実は上端だけしか見えなくなってしまいます。でもこうして改めて見てみると、圧倒的な存在感がありますよね(威圧感と言っても良い)。

(3) 背もたれ

この風呂は眺望を重視したため、背もたれを付けました。長手方向の寸法は背もたれから足を伸ばして丁度の長さ。そこから両腕を左右に広げて、肩までゆったり湯につかれる幅と深さになっています。

 

長さ関係は現場で無くても採寸、検討が出来ますが、背もたれの印象は実際に木の模型を作り、頭をもたれる角度等々、動線検討した方が安全です。そのためだけに模型まで作成しています。

 

人間工学というのはかなり研究の進んでいる分野で、相当程度は図上で検討できるのですが、「本人が実際にやってみる」以上の正確なデータはありません。

 

そういう意味ではリフォームの全体計画も、全て一気に組み立てず、必要な部分毎に優先順位の段階を分け、生活の中で四季折々の風向き、気温、湿度、雨量などにまつわるデータを取りながら、それに係わる行動の動線を理解しつつ、予算もいくつかに分けて徐々に進めていくという考え方は一つの選択肢となり得るでしょう。

(4) FRP防水

ここまで造作がやりたい放題にやれているのは、最終的な防水層をFRPで作ってしまうと、最初から決めていたからです。ご存じの方も多いと思いますが、FRPは少し値が張りますがヨットのボディーなどをコーティングする時にも使われるほど、防水機能の高い材料です。

 

これにより、写真の黄色くなっている部分…つまり風呂場の床、壁をくるりと防水してしまいます。この風呂場のすぐ右も左も壁一枚で居室なので、この防水層で完全に分断しようという考え方です。ちなみにこのFRP工事は25万円です。

 仕上がり

この記事の最初の写真からここまでの仕上がりは、皆様がもたれているリフォームのイメージとかなり違うのでは無いでしょうか。

 

勿論、本件のリフォーム工事で全ての箇所に、このクオリティの工事を実施すれば、予算も相当なものになるでしょう。しかしこの風呂場だけの費用であれば、ここまでに紹介した土建工事やFRP工事(防水)を含めても、総額190万円です。

 

「木」をふんだんに使い、大工の技で風合いを追求した風呂。それでも10年でダメになったりはしませんが、あえて耐用年数10年としてみましょう。

 

この場合のライフサイクルコストは、190万円/10年/365日=520円/日。小さな窓を空けられる高級ユニットバスは100万円くらいのものがありますから、その差は一日250円となります。

 

缶ジュース2本で、建具完全引き込みで全開放の、半露天状態の眺望が手に入るなら、むしろ格安と言う評価をされる方があっても不思議ではない贅沢のではないでしょうか。

 その他の材料と古材の活用

使用材料を少しまとめます。浴槽の木枠部分と風呂のフタは青森ヒバ、写真にありませんが洗い場のシャンプー置きはステンレスの特注品、建具、照明、ガラスのシェルフは大正~昭和初期の、旧建物で実際に使っていたものです。また、木製建具の手がかりは、同年代の真鍮製のものを、全て特殊溶剤で洗浄して再利用しています。

 

脱衣と風呂場、風呂場と屋外等々の水がかりの接合部は、銅板葺で仕上げています。

古材転用の場合、新しい建物に合わせて古材をいじるのではなく、古材の寸法に合わせて新しい建物を設計すると、ただの材料としてでは無く、かつての風合いを失わずに、ある種の空間を承継することが出来ます。

 

先の写真でもお分かりかも知れませんが、リモコンは壁面埋め込み。ここまでやっておいて換気扇がプラスチックでは興ざめですよね。見事な大工の手作りです。

 風景、その浴槽の意味

順番が最後になりましたが、これがこの風呂場が建物の西側端部に開放で作られた理由です。土地の西側が保安林となっており、隣地に建物が建てられることが、法的にありません。また他人の立ち入りも一切ありません。

 

このため、この風呂は真西に向けて全開放し、山間に沈んでいく太陽を眺めながら入ることができ、山の稜線+空の空間が切り取れる角度に、背もたれが調整されているのです。模型まで作って動線や視線を施工途中に確認していたのはこのためです。

 

頭をヒバ材にもたれて、ぼんやりと風景を眺めた時に、丁度、視界から外れた位置に、浴室リモコンが埋め込まれています。考え得る限りの癒やしの要素を単純化して詰め込み、排除できる限りの俗世間的なものを排除しました。

 

 

以前の用途にも捕らわれず、木造のリフォームならば、出来ることは意外と多いというのはご理解いただけましたでしょうか。

 

雪が降ろうが桜が咲こうが、最高の空間に仕上がったと思います。

雨の日はいずれ動画を検討しています。

 

しとしと降っても、強雨でも、この面には雨樋を設けていませんから、雨落ちの景色と音を楽しみながら風呂にゆっくりつかることが出来ます(ご想像いただけると、より風情が伝わると思います)。