1. 規制誘導方策について

投稿者: | 2023年3月11日

ルールがない、または不適切であることにより頻繁に生じる問題には以下のようなものがあります。

  • 歴史的建築物が保全できない
  • 既成市街地で敷地の細分化に歯止めがかからない
  • 分譲型住宅団地での長期的時間軸の問題(高齢化、相続、値崩れ)に対処できない
  • 低層住宅市街地や中小製造業が中心の土地利用エリアへの、中高層マンションの等、用途混在
こうした問題の解決に、一般的に用いられることの多い規制誘導方策には以下のようなものがあります。
  • 地区計画・・行政法規
  • 建築協定・・民法上の契約行為(行政法規上の強制力無し)
  • 住民協定等‥任意型街づくり(そもそも法律上の強制力無し)

目次

(1) 建築協定の致命的な欠陥について

・・民法上の契約行為なので、行政が全く手出しできず、違反建物には住民自ら費用を集めて、民事訴訟を行う以外に手立てがない。

もう一つの大きな問題は、そうした仕組みを理解していない専門家が一級建築士を中心に多いため、多くの地域に「建築協定を作ればもう大丈夫」などと伝わってしまう場合が非常に多い。

この場合、正直者は規制をされ、非常識で約束事を守る気のない住民と、乱暴な開発を進めたい事業者だけが拘束されないという不公平を招く。

 

(2) 行政による規制の限界 地区計画、各種条例

・・緩くしか規制できない。市民が2~3階の街並みを求めた湘南エリアの各都市が条例で15m以上の建物を規制したものの、それは逆に14.95mの建築計画に合法のお墨付きを与えただけのこととなった。専門家であれば、少し考えれば分からなければならない帰結であり、予見できなかった一級建築士等は猛省の必要があるだろう。

(3) 住民協定等(任意型街づくり)の必要性

‥他の全ての先進国を見れば分かるとおり、規制誘導方策(街のルール)によって景観がコントロールされていない都市の方がむしろまれである。ところが我が国の場合、後先考えずに開発できる箇所から開発した経緯もあり、後付けでルールを決めるケースばかりで、それを行政任せにすると上記のように、緩い基準しか採用できないという問題も生じる。こうした観点から、むしろ法的には任意の住民協定に、地域の意向、主張をしっかり明記すると言うことが、将来的な法的拘束力をもつ規制誘導の策定という観点からも重要になってくる。

(4) 全国の住民協定

以下、弊社あるいは代表齊藤が個人的に運営していた建築・都市計画問題相談サイトに寄せられた、都市的問題を解決するための、地元住民組織による協定策定等の取り組みです。各住民協定の内容は各行政窓口でも原書を無料取得できると思うので、必要な方は閲覧下さい。皆様の街づくりの一助になればと思う次第です。

神奈川県鎌倉市長谷のケース

神奈川県鎌倉市長谷では、2階建ての低層市街地に5階建てのマンションが建設されることが問題となった。5階建てのすぐ北側の家には深刻な日照被害が発生するからである。日照に関するルールを行政任せにしていた多くの市民は、この時に初めて敷地境界から5m以内は日影を無制限に、5~10mの範囲は8時~16時の8時間の内、4時間(実に半分)までを「ひかげ」にしても合法なのだと言うことを知った。
これを契機に、実に合意率93%にもなる住民協定が策定される。これは非常に分かりやすく簡単な話で、要するに行政の常識と市民の常識が極めて大きく乖離していたと言うことである。

長崎県長崎市上野町のケース

長崎県長崎市上野町では平和記念座像の後背地の景観に大きな影響を与える可能性がある高層マンションが問題となり、住民協定が策定された。一例としてエッフェル塔の後方に高い建物が建たないような「土地利用制限規制」を設けたり、モンマルトルの丘からの眺望を保全するような都市計画を定めている仏国などの市街地のルールとは大きな違いである。

横浜市鶴見区江ヶ崎のケース

横浜市鶴見区江ヶ崎では工場操業環境を保全することを目的とした住民協定が策定された。

この地区の住民は元々は都内の準工業地域で町工場を代々経営していた。ある日、近隣に50世帯ほどのマンションができたが気にも掛けず、新住民とも良好な関係が数年続いた。ところがある日、更に近隣に100世帯のマンショができると、数名の父兄が区役所に対して、これらの工場が、「くさい、きたない、うるさい、子供が危ない」などと苦情を申し立て始め、ついには区がサポートするので集団移転をしてくれないかという話になった。非常に馬鹿げているが、人数だけを数えればいつのまにか世帯数で住宅所有者が工場所有者を大きく上回っていた。用途地域は準工業地域であった。

もう二度と、その様な移転は受け入れられないとして、準工業地域という用途地域に問題があったのだと考えた事業主代表者達は、今度は工業地域を選ぼうということで江ヶ崎が選ばれた。なぜこの時に、係わった行政官がおせっかいであっても、「工業専用地域でないと、工業地域ではマンションは建設できるので、皆様の意向はかないませんよ」と、言わなかったか。呆れるばかりである。

神奈川県鎌倉市笹目のケース

神奈川県鎌倉市笹目では由比ヶ浜通り沿いに建設される5階建てマンション建設が問題となり、上記長谷の住民協定をモデルとして協定が策定された。異種用途が引き起こす問題の恐ろしさは江ヶ崎を見れば一目瞭然だが、笹目では住民が主導する住民協定と、行政が主導する景観形成地区が重複するエリアでの用途制限が協定策定上の問題となった。重複エリアというのは更にややこしい。
建築基準法は特性として、過去に無かった新しい用途に対する規制が非常に難しく、有名な話はコンビニがしばらくはどの用途地域でも立地できてしまったという事例がある。笹目で論点となったのは葬祭施設(斎場)である。

念のために改めて書くが、そもそもマンションは地域住民の価値観としては非常識であっても、行政法規上は合法だから建設される。よってマンションの建設計画を変更することは、周りがなにをやろうが事業主以外には出来ないことである。でも協定を作ることで二棟目以降のマンション開発に対して地域の意思を明確に表示できるし、地域が総意として望ましいと考える用途や形態、街の将来像を示すことは可能になる。だからこそ建物の規模等に関する形態制限以外の部分であっても、用途に関しても、もう少し慎重かつ賢明な判断がなされるべきであったのだろうと思う。

長崎県長崎市家野町のケース

長崎県長崎市家野町では非常に違和感のある用途変更により、ある敷地でタワーマンションが建てられることになり、あまりにも不自然だということで住民協定の策定を検討しつつ、十分な建築都市計画に係る勉強会を経た上で、おかしな用途変更に対する訴訟という対応が選択された。弊社はこの訴訟の都市計画分野に関して、補佐人という立場で参加している。
本件訴訟は民事の景観訴訟を入り口として、用途変更の不当性を行政訴訟で争ったものの、市民感覚として「おかしいなあ」と思える様なことでも「違法とまでは言えない」という裁判所の判断で、住民側敗訴が確定している。
なにかあれば裁判で解決し、「最高裁まで戦う」と、言うのは格好良いし自由だが、その前にもう少し建築基準法を勉強すると良い。そんなに簡単で公正な構造に、我が国の都市計画はなっていないと分かるはずである。